海外ヨーロッパサッカーの扉を開いた日本人!レジェンドたちの歴史を追う

サッカー
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2020年~2021年海外ヨーロッパのサッカーシーズン開幕が近づいてきた。いまでは多くの日本人選手が在籍している海外ヨーロッパサッカーリーグ(ここでは主要5大リーグ)。しかしほんの少し前、は日本人と言えばサッカーが下手というのが常識だった。その常識を打ち破りヨーロッパに挑戦した先駆者たちがいた。今回は海外ヨーロッパサッカーリーグに挑戦した日本人選手の歴史にフォーカスしてみる。

海外ヨーロッパリーグ初となる日本人選手プロ第1号はブンデスリーガの奥寺康彦!

 

古川電工(現在のジェフ千葉)に所属していた奥寺康彦は1977~1986までの9年間をブンデスリーガで過ごしている。日本人初のプロサッカー選手としても有名だ。日本でプロ化したのはJリーグが始まる1993年になってからなので、Jリーグが始まる15年も前に奥寺康彦はプロサッカー選手になったことになる。

 

奥寺が所属したのは1977~1980 1FCケルン、1978~1981ヘルタベルリン、1981~1986ブレーメンの3クラブでプレーした。ドイツカップ(DFPポカール)を獲得し、チャンピオンズカップ(現在のUEFAチャンピオンズリーグ)に出場、ゴールも決めている選手である。

 

プレーの正確性から「東洋のコンピューター」と言われる。ヨーロッパでも大人気のサッカー漫画「キャプテン翼 37巻」にも実名で監督役で登場している。
まさに日本サッカー界のレジェンドなのだ。

 

三浦知良は日本人・アジア初のイタリア・セリエA選手になった!

現在も横浜FCで現役プレーヤーとして活躍する誰もが知っている日本サッカー界のレジェンド。三浦知良(カズ)は1993年のJリーグ開幕からヴェルディ川崎(現在は東京ヴェルディ)で活躍しJリーグの人気・定着を作り上げた中心的人物である。ヴェルディに入団以前は単身海外留学し、ブラジルに渡り名門サントスでプロサッカー選手として活躍していた。

 

カズのサッカークラブの経緯は、1986サントス→マツバラ→CRB→ジャウー→コリチーバ→サントス→読売クラブ→ヴェルディ川崎→ジェノバ(セリエA)に渡った。所属はセリエAの古豪ジェノバと契約しリーグ開幕戦は忘れもしないACミランだったが、イタリア代表フランコ・バレージと接触し鼻を骨折し負傷退場。その後復帰し1ゴールを挙げるも21試合出場1得点という結果に終わった。

 

その後は再びヴェルディ川崎→クロアチア・ザグレブ→ヴィッセル神戸→横浜FC→シドニーFC→横浜FC(現在53歳)に至っている。
セリエAの扉を開いた初の日本人選手のカズは、日本人の海外ヨーロッパリーグへの見方を変え、「今まではただの憧れだったものからやればできるんじゃないか、ピッチに立てる」という変革をもたらしてくれた。

 

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中田英寿はカズを見てきた世代!イタリア・セリエAペルージャからローマで飛躍した!

アンダー世代から日本代表で世界の舞台海外でも多く戦ってきた中田英寿。彼にとってはセリエAの舞台でもひるむことなく十分に自らの力を発揮できる確信に満ちていた。

日本代表黄金世代と言われ1996年アトランタ五輪で前園、川口、城らとブラジルを打ち破った「マイアミの奇跡」は有名だが、この世代にとって海外のビッグプレーヤーとのマッチメイクはメンタルの部分でも対等に渡り合っていた。

 

 

1994年韮崎高校→ベルマーレ平塚→1998年ペルージャ(イタリア)→ローマ→パルマ→ボローニャ→フィオレンティーナ→2005年ボルトン(イングランド)→2006年引退(29歳)

 

 

1998年ペルージャのリーグ開幕戦で強豪ユベントスを相手に2ゴールを挙げ鮮烈なデビューを飾った。2000年シーズンのローマ時代にはセリエAで日本人初のリーグ優勝も獲得している。特に終盤ユベントス戦ではチームの絶対的なエース、トッティと交代し途中出場し2ゴールに絡む活躍をしたことは今でも伝説のシーンとして焼き付いている。現在は日本酒など日本の伝統を海外へひろめる活動を行っている。

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続々と海外ヨーロッパリーグに挑戦する2000年代

海外ヨーロッパリーグへの扉は確実に開かれていた。中田英寿が鮮烈デビューをしたころ他のサッカー選手も続々と海外へ渡っていった。テレビの前で釘付けになって見た方も多いんじゃないでしょうか。

 

・中村俊輔・・・
セリエAレッジーナ→スコットランドのセルティックに渡りUEFAチャンピオンズリーグに出場。2006年にはマンチェスターユナイテッド戦で見事な超ロングフリーキックを含む2ゴールを挙げる活躍をみせた。スコットランドリーグでは日本人初の年間最優秀選手賞を獲得している。

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・小野伸二・・・
オランダリーグの名門フェイエノールトに渡り2001年シーズンヨーロッパリーグ(EL)で優勝を経験している。持ち前の技術と安定感でチームをけん引した。ブンデスリーガのボーフム、オーストラリアのウェスタンシドニーでもプレーした。現在はFC琉球に所属している。人間性も素晴らしく日本人最高の選手といわれることも多い。

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・高原直泰・・・
2003年ブンデスリーガのハンブルガーSVに移籍、フランクフルト時代には1シーズン11得点を挙げる。1シーズン2桁得点は中田英寿に続き2人目の快挙である。アルゼンチンのボカジュニアーズや韓国の水原三星にも所属した。現在は沖縄SVに所属している。

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・松井大輔・・・
鹿児島実業から京都パープルサンガに入団した。三浦知良に憧れサンガに決めたと言う。2004年フランス2部のル・マンに移籍しその活躍から「ル・マンの太陽」と称された。フランスリーグの後にはその他の海外サッカーリーグへ、ブルガリアやポーランドのクラブへ移籍し多くの経験をもってジュビロ磐田へ復帰。現在はカズや中村俊輔も所属する横浜FCでプレーしている。

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・中田浩二

・・・2004年に日本代表監督を務めたトルシエ監督率いるフランスリーグ・マルセイユに移籍。その後スイスの名門バーゼルに移り鹿島アントラーズへ復帰する。マルセイユには2020年~2021年シーズン酒井宏樹、長友佑都の2選手が所属している。

 

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8月の終わり、長友佑都がマルセイユに正式に移籍を発表したばかりだ。
酒井宏樹と2人で日本人サイドバックが見たい。

まとめ

日本人が海外ヨーロッパサッカーの扉を開いたのは奥寺康彦さんの1977年。現在が2020年海外なので43年という年月が流れた。この間日本人選手の挑戦はずっと続いていたし、今もなお続いている。
2020年~2021年シーズン海外ヨーロッパ1部リーグに所属している日本人選手は16名。

ワールドカップロシア大会でのベルギー戦での悔し涙を忘れられない。と同時に日本サッカー界がプロ化されてからの底上げがベスト16という結果に結びついたことはまぎれもない事実だ。ジーコが来日して身をもって「プロフェッショナルとは何か?」を教えてくれたことに感謝したい。リトバルスキーやストイコビッチ、リネカー、ドゥンガがたくさんのことを示してくれた。ありがとう。

 

そしてキングカズ、ヒデ、俊輔たちレジェンドへ感謝をしたい。時は2020年9月、ヨーロッパリーグでの熱い戦いが始まる。未来の日本代表をワールドカップ優勝へ導いてくれる選手が活躍することを願っている。

 

 

 

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